10月18日、REUTERSによるとEUは天然ガス価格のプライスキャップ(上限設定)を実行するスクリプトを提出したとのこと。しかし、プライスキャップ提案が発表された数時間後には緊急撤回する報道があったことから、いまだにEU内では意見が分かれているようです。
天然ガスの価格はプライスキャップの可能性から(?)とうとう5ドル台に突入する局面もあり、現在は6ドル台前半で推移しています。
果たして、プライスキャップは実際のところ実現に向かうのか?実現したとすればガス価格への影響はどうなのか、現段階での可能性を検証してみましょう。
ここ数週間にわたってEUでは、深刻化するガス高騰に歯止めをかけるため、天然ガスへのプライスキャップを協議していました。しかし、加盟国27か国の間で意見が分かれ、合意に至らず見送られている状況でした。
プライスキャップとは、価格に上限を設けることです。

9月27日時点で、プライスキャップに賛同し署名している国は15か国。
ベルギー、ブルガリア、クロアチア、フランス、ギリシャ、イタリア、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、スペイン
欧州天然ガス先物(TTF)

8月のピーク時には、欧州天然ガスの価格は€346/MWhまで高騰し、上場以来の最高値を記録しています。
その後、価格が落ち着き€200/MWh以下、10月17日には€123まで下降していますが、今後の欧州の厳しいガス事情への懸念からプライスキャップを急かす国も多いのです。
ちなみにMWh(メガワットアワー)とは消費電力の単位で、1,000kWh(キロワットアワー)に等しい電力量になります。

一方、プライスキャップの必要性を強調する国もあれば、プライスキャップは逆効果だと反対する国もあります。
プライスキャップに反対している国は、
ドイツ、オランダ、オーストリア、ハンガリー、デンマーク
などがあり、反対派の意見では、プライスキャップが必ずしもインフレ抑制になるとは限らない、全く逆効果となる可能性があると指摘。フィンランドなどその他の国はニュートラルな状態です。
欧州とロシアをつなぐ天然ガスパイプライン、ノルドストリーム1・ノルドストリーム2とは
プライスキャップの要請を受けた欧州委員会は、EUのガス供給におけるさまざまな選択肢を分析したうえで、プライスキャップは加盟国間のガスの流通に混乱を引き起こす恐れがあると指摘。
供給停止を促す結果となりえるため、非常にリスクが高いと警告しています。
参照:欧州のガス価格上限設定はリスク伴う – REUTERS
ロシアは原油のプライスキャップでも警告しているように、プライスキャップを適用する国への供給を停止する方針でいます。
今回のガス価格のプライスキャップは、ロシアからの報復を避けるために対ロシアではなく、ガス価格全般を対象とするものです。
エネルギー関連のエコノミスト・アナリストも指摘しているように、ロシアにかぎらず、ガス生産者の多くがプライスキャップによる価格の値下げに応じるとは考えづらく、欧州への供給を拒否する可能性は否定できません。
原油のプライスキャップに関しては、JPモルガンは原油価格が380ドルに高騰する危険性を挙げているくらいです。
欧州のプライスキャップは、裏目に出る可能性の方が高いといえるでしょう。
リスクが高いことを承知のうえで、協議を重ねた結果、欧州委員会はガス・プライスキャップと取引価格変動幅の制限を提案することがREUTERSで報道されました。日本時間、10月18日1:20AMのことです。
報道によると、EUのエネルギー規制協力庁(ACER)が来年3月23日までに、価格指標を策定する予定とありました。
しかし、それから数時間後にはプライスキャップ提案を取りやめることがREUTERSの英語版にて報道されています。「取り急ぎ、プライスキャップを実行することはない」旨が改めて公表されているのです。
おそらく、プライスキャップは現段階ではまだ合意に至っていないと見れます。

欧州委員会によると、プライスキャップがEUのガス市場に安全性に影響を与えてはならないし、ガスの消費量を増やすことがあってはならないとしています。
そのためにも、さらなる協議が必要だということで、10月21日・22日予定のサミットにて取り上げられる予定です。
これに対して、ドイツとオランダは、プライスキャップは結局乏しいロシアガスの供給となって今冬に欧州に跳ね返ってくると注意を促しています。
EUのエネルギー価格が高騰した理由は、すでに承知のごとくロシアへの経済制裁による供給不足です。ウクライナ侵攻後でも数か月は、制裁をためらっていたEUも6月以降は段階的に対ロシア制裁を進めています。
EUでは、とうとうエネルギー高に不満を持つ国民のデモが勃発。EU・NATOに経済制裁をストップするよう訴え始めています。
10月に入ってから、ドイツ、イタリア、フランス、ベルギー、ハンガリーなどで、EUやNATOの政策・制裁がエネルギー高をもたらしていると抗議のデモが相次いでいるのです。
かなり大規模なデモであるにもかかわらず、なぜかこういった内容はメディアでは一切報道されていません。
NY天然ガス先物価格8月23日に10.02ドルの高値をつけて以来、下降に向かっています。
価格が下げた理由として、FRB、ECBなど主要国の利上げが加速したことや、高すぎる天然ガスから石炭・原発への移行が進んだことが挙げられます。
9月以降はさらに、プライスキャップへの懸念が下押し要因になったといえます。
NY天然ガス先物 日足チャート

6ドル台を割ったことで投資家心理が必要以上に悪化。加えて、米ドルが150ドルに近づいたことも、天然ガスの売りを促したようです。
しかし、おもに暖房の燃料として使われる天然ガスの需要はこれから高まることが予想されています。
利上げによるコスト削減を考慮したとしても、タイトで不安定な供給状況の中、天然ガスの価格がここから上昇に向かったとしても不思議ではありませんね。

ここで、注目したいのが4月~7月にかけて両者の価格が相反していることです。何が要因となっていたのかを探ってみたところ、ロシアへの経済制裁の違いです。
EU自身で認めているように、ロシアへのエネルギー依存度が高かったことで、しばらくは経済制裁を見送っていました。そのことが緩やかな価格推移に影響しているようです。
米国はエネルギー自給率が高かったため、早々とロシア産輸入禁止を全面的に実施。一方では、欧州向けの天然ガス供給が必要となり、米国内の供給量低下が懸念されたと見れます。
仮にもし、EUがプライスキャップに動くとすれば、ほぼ確実にロシア産天然ガス、または一部の生産者の供給量が減少します。利上げによる需要低下を織り込んだとしても、ロシアの穴埋めができる生産国は無きに等しく、今冬のガス価格は高騰に向かう可能性が高いと見れるでしょう。
ただし、実質の需給バランスとは別で、利上げによる市場心理の悪化からガスが売られる可能性も考慮しておく必要があります。
一方的なプライスキャップは、単純にビジネスという視点で見た場合に公平性に欠けます。
そもそも、欧米でエネルギー高が加速したのは、欧米がロシアへの経済制裁を強化したからです。とくに欧州は、天然ガスの産出国である米国とは状況が異なります。
ロシアが指摘しているように、欧州は自分で自分の首を絞めているような、自業自得の罠に陥ってしまったのです。数十年かけて築きあげてきた、せっかくの天然ガス供給網と多額の投資資金をドブに捨てているようなものです。
冬を迎えるにしたがって、欧州は自らが招いてしまったガス不足の現実に目を覚ますかもしれません。あるいは、さらに経済制裁を強化させて、出口のないガス不足の迷宮へと陥るかもしれません。
今後の欧州の出方しだいで、天然ガスは再び火がついたように価格高騰へ向かっていくことになるでしょう。

