ノルドストリーム1は稼働停止。ロシアの欧州へのガス供給再開の見通し

ロシアとウクライナの対立はまだまだ長引くようです。

欧米の経済制裁にもかかわらず、いまだに終局の兆しはまったく見えない状況が続いています。むしろ、欧米がウクライナを支援すればするほど、経済制裁を強化すればするほど、事態は悪化しているかのようです。

とうとうロシアは、欧州へのガスパイプライン・ノルドストリーム1の稼働を停止しました。最初は3日間のメンテナンスと称していたところ、すでに1週間以上、欧州へのガス供給は停止したままです。

欧州は天然ガスをはじめ、原油、石炭とエネルギー供給の大半をロシアに依存してきました。冬を間近にして、欧州の天然ガス不足がかなり深刻化しています。

ノルドストリーム1の現状はいったいどうなっているのか今後の再開の見通しはどうなのか、気になっている方は多いでしょう。

今回は、現時点でのノルドストリーム1の状況と今後の見通しをわかりやすくまとめていきます。天然ガス投資を行っている方、または欧州のエネルギー事情が気になる方は、どうぞご一読下さい。

ノルドストリーム1 稼働停止!

ロシア・ウクライナの対立が長引くにつれ、欧州とロシアの天然ガスをめぐる争いも激しくなってきました。

出典:ロシアガス大手、欧州への供給を3日間停止 – BBC

8月31日、ロシアはガスパイプライン・ノルドストリーム1を保守点検・修理を理由に稼働停止を公表。最初は3日間のみ停止の予定でしたが、9月3日には稼働停止が延期されることが報道されました。

以来、9月8日現在までノルドストリーム1は稼働停止を継続しています。

これに対して欧州(ドイツ)は・・・

出典:ドイツ、ノルドストリーム1停止に備え – Newsweek

8月31日にガスの供給停止が報道された時には、ドイツはノルドストリーム1が稼働再開しないケースに十分に備えていると述べています。

ドイツのエネルギーネットワーク規制当局は、冬に備えてガスの貯蔵率は85%を満たしていること、ベルギー・オランダ・ノルウェーのガス供給が確保できること、さらに、他国からの輸入に対応できるようLNGインフラの準備をしていると強気のコメントでした。

しかしながら、欧州の天然ガスはロシア産が40%以上を占めていたため、代替え策を実現するのは容易ではないとの見方が優勢。昨年は欧州のロシア産ガス総輸入量の約35%をノルドストリーム1だけで占めているのです。

9月に入ってからというもの、市場では欧州の深刻なガス不足を懸念されています。

ユーロは対ドルで20年来の安値圏を推移、欧州の主要株価インデックスSTOXX600・DAXもコロナ期の安値まで下がっています。

天然ガス比較チャート(年間)

一方では、ECBの利上げ観測から天然ガスは7ドル台まで下落したものの、8ドル台に復活。8月には10ドルに触れる場面もあり年間では80~100%も上昇しています。ノルドストリーム1の展開が欧州経済や天然ガス価格に及ぼす影響はかなり大きく、情報をこまめに追いかけている投資家も少なくないでしょう。

多いときは数時間おきにノルドストリーム1の何らかの情報がアップデートされます。また、メディアによって情報が前後したりと、現状が把握しづらくもありますよね。

そこで、ノルドストリーム1の現状がわかりやすいように時系列でまとめてみました。

ノルドストリーム1の現状

8月31日
ロシア国営ガスプロム、ノルドストリーム1を停止

ロシア時間の8月31日午前6時、ロシア国営ガス会社のガスプロムは保守点検・修理のためにノルドストリーム1を停止。9月2日までの3日間停止すると通告。ガスプロムによると、ロシア側のタービンに問題があるとのこと。

欧州の天然ガス先物は5.5%上昇。ロシアが別の理由をつけて稼働停止を延期する可能性が持ち上がる。

参照:欧州ガス先物値上がり、保守点検で – Bloomberg

9月2日
ロシアは予定どおりに稼働を再開する方針を示す

ノルドストリーム1は予定どおりに稼働率20%で再開されると伝わる。しかし、ドイツは再開されない可能性が高いとの見解。

欧州の天然ガス先物は9.5%下落。ガスプロムは、1000時間おきに点検が必要だと指摘する。

参照:ロシア、欧州ガス再開の見通し – Bloomberg

9月3日
ロシアはガス供給の再開を延期すると発表 

いったんは再開の方針を伝えたものの、翌日にロシアは供給の再開を延期すると発表。9月2日に、G7国にてロシアン・オイルへのプライスキャップ(価格上限の設定)に合意したことが要因だといわれている。

再開の日程は未定。ガス価格は高騰。

参照:ロシア、ガス供給再開延期 – 日経新聞

9月5日
欧米の経済制裁が解除されまでは供給停止?

ロシアのペスコフ大統領長官は、ノルドストリーム1の供給停止について、欧米の経済制裁が解除されるまでは再開は見込めないとの見解を9月5日に発表。

停止が長引く可能性を受けて、天然ガス価格は約36%上昇。ペスコフ報道官は不合理な決断を下した欧州側を非難している。

参照:ロシア、制裁解除まではガス供給停止も – 朝日新聞デジタル

9月7日
プーチン大統領は、タービンがあれば明日にも供給再開と伝える

停止中のノルドストリーム1に関して、プーチン大統領は東方経済フォーラムの席で「タービンがあればすぐにでも供給を再開する。しかし、西側諸国がすべて阻止している」と述べた。

ガスタービンの技術的な問題が経済制裁によって解決が難しくなっていると指摘。また、プライスキャップを導入する国には原油も天然ガスも供給しないと主張している。

参照:ノルドストリームはあすにも再開 – Bloomberg

以上のような展開が、現時点では報告されています。欧米が制裁を緩和・解除しない限りは、ノルドストリーム1の稼働が再開する見込みは非常に厳しい状況にあります。

なぜロシアは稼働停止に至ったのか?

すでにノルドストリーム1は、6月にはガス供給の60%を削減し、7月にも約10日間にわたってガス供給が停止されていました。7月のガス供給停止は、欧州・米国の経済制裁が強化された直後のことです。

米国を筆頭に、欧州もロシアへの経済制裁を段階的に実施してきていますが、6月にいたるまで欧州はロシア産エネルギーに対する経済制裁は見送ってきました。というのも、経済制裁への報復として、ロシアが天然ガスの供給を停止する可能性を恐れていたからです。

しかし、思った以上に制裁が功をなしていないことから6月には、経済制裁第6弾として「ロシア産原油、石油製品の輸入禁止」に踏み切り、7月には第7弾「ロシア産金の輸入禁止」へとさらに進んだのでした。これらの制裁に対して7月のガス供給停止は実施されたようです。

その後、ノルドストリーム1は供給を再開したものの、大幅にガスの供給量を制限しています。このことからも、ドイツをはじめとする欧州各国は、停止に向かっていた石炭火力発電・原子力発電を再開その他中東などからガスを調達するなどで代替え策を図っていたところでした。

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そして、今回9月に再びガスの供給を停止。パイプラインの「保守点検・修理」は、もちろんあくまでも名目上の理由です。

稼働停止に至ったロシア側の理由とは

ロシア側の稼働停止の言い分では、

ノルドストリーム1のガスタービンに漏れがみつかったため、さらなる保守点検・修理が必要だと述べています。

本来ならガスタービンの補修はたいして時間はかからないものを、欧米の経済制裁があるため円滑に行えないというのがおもな理由です。

ロシア・ガスプロムが採用するノルドストリーム1のガスタービンは、ドイツエネルギー会社・シーメンスエナジーとの提携によって運営管理されています。保守契約にあたっては英国の法律が適用され、経済制裁があるためシーメンス・エナジーは要請に応えることができないとしています。

ロシアの言い分に対して、シーメンスエナジーは「どこにも問題は見当たらない」とのコメントです。

出典:欧州向けガス供給はシーメンスの修理次第 – REUTERS

また、フランスのエネルギー会社エンジーとの支払いを巡る見解の相違があったことも、稼働停止の理由の1つとなっています。個別で、提携先の仏ガス大手エンジーにガス供給の全面停止を通告しているとのことです。

ロシアは、欧州や米国などの非友好国に対して3月24日に天然ガスの取引の際に、ロシアルーブルでの支払いを要求しています。ほとんどの欧州(一部の企業は受諾している)の企業がこの要求を却下し続けていて、このこともガスの供給停止の理由だと考えられます。

さらに留意すべきなのが、再開の延期が発表された9月3日の前日2日に、G7がロシアン・オイルへのプライスキャップ(価格上限の設定」に合意していることです。明らかに、G7が合意したプライスキャップへの反撃と見れるでしょう。

欧米のロシアに対する経済制裁、ウクライナへ支援の動向に応じて、ロシアも自身の切り札となる「天然ガス」や「原油」を持ち出して反撃・応酬をもくろむわけですね。

ロシアはエネルギーや鉱物・コモディティを武器に使っている、と非難する声もあります。ただ、ロシア側から見れば国の将来がかかっている以上は、当然の反応だったわけですね。

ノルドストリーム1・ノルドストリーム2とは

ガスプロムとシーメンスエナジー

ここにきて、そもそもロシアの国営ガス会社ガスプロムとはどのような会社なのか、詳しく知りたい方もいるでしょう。

また、ノルドストリーム1でよく名前が出てくるドイツのシーメンス・エナジーはガスプロムどのような関係にあるのでしょうか。

この機会にガスプロムとシーメンスエナジーについて簡単に見ておきましょう。

ロシアの国営ガス会社ガスプロムとは

出典:Time of discovery – GAZPROM NEDRA

GAZPROM NEDRA 公式サイト

※現在GAZPROMの公式サイトにはアクセスできません。グループ会社の公式サイトにはアクセス可能。

ガスプロム(GAZPROM)は、ロシア政府が50%出資する国営のガス会社です。天然ガスの開発、輸送、輸出事業を主軸にロシア最大の大手であるとともに、世界最大のガス大手でもあります。

1989年、ソビエト連邦時代に設立され1993年に株式会社となりました。ガスプロムは58の子会社を持ち、ロシア三大銀行の1つであるガスプロム銀行、原油最大手のガスプロムネフチ(ジフネフチ)などがあります。

ガスプロムは欧州とロシア間の主要パイプライン・ノルドストリーム1とノルドストリーム2の運営会社はノルドストリーム社に100%出資しています。

  • ガスプロム 親会社 → ノルドストリームに100%出資
  • ノルドストリーム 子会社 → ガスパイプラインの運営・管理を行う

ガスパイプラインの運営にあたって、BASF、Wintershall、Gasumie、Royal Dutch Shell、EONなど・・・ガスプロムは多くの欧州エネルギー関連企業と提携しています。

ガスタービンのシーメンスもガスプロムと提携する数ある欧州企業の1社です。

出典:ガスプロム ドイツの子会社を分離 – 日経新聞

ガスプロムはドイツを拠点にガスプロムゲルマニアという子会社も有していましたが、4月に経済制裁により運営が厳しくなったため手放すことに。ガスプロムとは完全に分離したガスプロムゲルマニアはドイツが国有化しています。

ドイツ大手エネルギーのシーメンス・エナジーとは

出典:History of Energy at Siemens ‐ SIEMENS ENERGY

SIEMENS ENERGY 公式サイト

シーメンスエナジー(SIEMENS ENRGY)は、ドイツのミュンヘンに本社を構えるエネルギー会社です。

もともとは配送電線や発電所などの電力を主要事業としていた会社で、並行してガス・原油の開発、太陽光発電・風力発電などの再エネの開発、各エネルギー開発に必要な機器の製造なども行っています。

設立は1866年、150年以上の歴史・実績を持つドイツを代表するエネルギー最大手です。日本でも1887年から事業所を構え、天然ガス・バイオガス発電向けにタービンを提供しています。

ノルドストリーム1では、ガスタービンのサプライヤーとしてガスプロムと契約。

シーメンス・エナジーはカナダに修理工場があり、ノルドストリーム1のタービンの修繕はカナダで行っています。カナダで修繕したタービンは制裁免除の必要書類を提出したうえで、ドイツのシーメンスエナジーが受け取り、それをガスプロムに渡す仕組みになっています。

出典:ノルドストリーム用タービン巡り – REUTERS

7月の供給停止の際には、制裁免除・輸送許可を得るにあたって、シーメンスエナジーとガスプロムとの間で、書類を出した出さないなどでトラブルがありました。

今回の供給停止についても、ガスプロムはシーメンスの修理の遅延を理由としていますが、欧州側では単なる口実と見なしています。おそらく、これからもノルドストリーム1の展開にあたって、シーメンスエナジーの名前をたびたび目にするしょう。

天然ガス価格は今度どうなる?

もし、このままガス供給が続いた場合、天然ガスの価格はどうなるのでしょうか。

まず、天然ガスの価格については、このままガスの供給停止が継続されれば、天然ガスの価格はさらに上昇に向かう可能性が高いといえます。ということは、ロシアは天然ガスの輸出が減ったとしても、価格上昇によって収益はほぼ変わらないレベルが維持できることを意味しています。

これは、原油に関してもいえることです。例えばプライスキャップにて、ロシアの天然ガス・原油価格を低めに抑えたとしても、むしろ報復的な意味で供給量を大幅に減少させれば、価格は上昇、少ない輸出量でも十分に稼ぐことが可能となるのです。

欧米とロシアの関係が悪化し、経済制裁が強化すればするほどに、インフレ・エネルギーの価格も比例して上昇することが予想されます。経済制裁が続く限り、利上げでは根本的な問題は解決できないとの声も上がっているのです。

「経済制裁 → エネルギー供給減 → エネルギー高 → さらに経済制裁 → さらにエネルギー供給減 → エネルギー高・・・・」というように、欧米とロシアは終わりのないイタチごっこを繰り返しているようなものです。

ちなみにJPモルガンは、もし、ロシアン・オイルのプライスキャップが実行されれば(実行は難しいとはいわれていますが)、原油価格は380ドルあたりまで高騰する可能性があると見ています。

原油価格は380ドルまで上昇する可能性!?JPモルガンの原油価格の見通し

高騰と急落を繰り返す可能性がある

ただし、ガス価格は確かに高騰する可能性は高いのですが、これまでのように、単に需給バランスのみで相場動向が判断できない点に注意する必要があります。

どういうことかというと・・・

「エネルギー価格が高騰 → 利上げが予想 → 景気低迷への過度な不安 → エネルギー価格が急落」といった投資家心理から、供給がタイトであってもエネルギー価格が急落する現象がみられているのです。

天然ガス先物チャート(1時間足)

現物の取引価格と金融市場でのエネルギー商品の価格は、本来なら平行して動いていくのですが、利上げがスパークしだした6月あたりからは大きな隔たりがあることが指摘されているのですね。

状況によっては、天然ガスの高騰が見込めそうなときでも予想外に急落へと向かう場面もあるかもしれません。

もともと天然ガスは、ボラティリティが非常に激しい商品です。天然ガスへの投資は、慎重でかつ敏速な対応が求められるでしょう。

原油価格が急落!価格が下がる理由とは

稼働再開の可能性と欧州経済への影響は?

さて、では最後にノルドストリーム1の今後の展開を検証していきます。ノルドストリームは最終的に再開に向かうのでしょうか?それとも、停止した状態がしばらく続くのでしょうか?

どのような展開が予想できるのかまとめておきたいと思います。

欧米の経済制裁によるところが大きい

ノルドストリーム1が稼働再開するためには、プーチン大統領が示唆しているように欧米の経済制裁が緩和または解除される必要があります。

プライスキャップなどの経済制裁が進めば・・・

ロシアは供給量を減らすことで、天然ガスの単価を上げる必要に迫られてしまいます。

経済制裁の継続・強化 → ロシアの供給が減る → 天然ガス・原油の価格高騰につながる」

経済制裁の緩和・解除 →  ロシアの供給は継続 → 天然ガス・原油の価格が下がる可能性」

といったシナリオを想定することができるでしょう。

米国はいっさい手を緩める気配がない

出典:US sanction over Iranian drone – ALJAZEERA

米国はといえば、9月9日に新たなイランへの制裁を開始したところ。

米国財務省のデータ開示によって、米国がイランのロシア向けドローンを制裁の対象としていることが明らかになっなりました。イランがロシアの戦闘を支援しているとの見方から、ドローンを製造したテヘラン企業・輸送や機器提供にかかわった企業のすべてをリストアップして制裁を加えています。

このことから、イラン核合意への道がとざれたばかりか、ロシアの報復意欲を高める結果になることがわかります。

欧州では制裁を否定する声が出始めている

出典:ロシア産ガス価格上限設定で合意できず – SUPUNTONIK

一方、欧州ではドイツやハンガリーなど、ロシアへの依存度が高い一部の国にて、プライスキャップに反対する声が聞かれてはじめています。

ドイツはプライスキャップに対して懐疑的。上限を設定することでエネルギー難が解決できるとは思わないとの考えを示しています。

欧州がプライスキャップに対して消極的な反応を見せることで、ロシア側のノルドストリーム1への対応も変わってくるかもしれません。

欧州の出方に注目したいところですね。

まとめ

ドイツが強気の姿勢で供給停止直後に伝えていた「十分なガス貯蔵」は、ドイツ・エネルギー相によると2か月半で底をつくと予想しています。

トルコのエルドアン大統領は、現在の欧州の状況を「自業自得」だと非難。トルコはNATO加盟国でありながらも、自国経済の悪化を避けるために、ロシアとの貿易は継続しています。エルドアン大統領によると、

制裁を加えて経済打撃を受けるよりも、ロシアとウクライナの停戦仲介に集中すべきだ

欧州は自業自得 トルコ大統領 – REUTERS

と強く主張しています。

おそらく、欧米がウクライナに軍資金や武器を送り、ロシアへの経済制裁を継続する限り、終戦もインフレ・エネルギー高の緩和も実現する日はこないといえるのかもしれません。

ドイツではショルツ首相に抗議・制裁解除を求めるデモがあり、欧州は中国経由で結局はロシアのガスを購入しているようです。

寒い冬が間近に迫った今、改めて欧州はロシアとの関係を見直す時期がきているのではないでしょうか。

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