いよいよG7国は、経済制裁を目的に、ロシア産原油に価格上限を設定するプライスキャップを実行に移すことに。
そもそも、プライスキャップとは何なのか?プライスキャップにて、本当にロシアへの制裁効果、インフレの緩和は期待できるのか?
プライスキャップという言葉をあまり聞いたことがない方がほとんどだと思いますが、日本でも通信業者などを相手にたびたびプライスキャップ制度が実施されているのです。
今回は身近な例を用いながら、プライスキャップの仕組み、そして対ロシアのプライスキャップについてわかりやすく解説していきます。どうぞ、この機会に気軽に読んでおいて下さい。

何か、ガスや原油にプライスキャップを設定するって・・・
そもそもプライスキャップってどういうことなの?

では最初にプライスキャップの仕組みから
わかりやすく解説していきますね。

G7国は高騰するガス・原油価格の抑制と、ロシアへの経済制裁の一環としてガス価格・原油価格にプライスキャップを設定する方針で合意しています。
11月末の時点では、欧州は現在協議中、米国や日本などいくつかの国では12月5日から実施する予定でいます。
参照:米財務省 ロシア産石油の上限価格設定ガイダンス – JETRO
プライスキャップとは、簡単にいうと公共料金などの料金がこれ以上値上がりをしないように上限を設定することです。
プライスキャップのイメージ

本来、プライスキャップとは消費者を守るために使われることが多いのですが、今回の対ロシアのプライスキャップは、消費者を守るためだけでなくロシアへの経済制裁がおもな目的となっています。
ロシアの財源は原油・ガスの収益に依存しています。原油・ガスの価格を抑えることで、ウクライナ侵攻の軍資金をストップさせる狙いがあるのです。
G7国がプライスキャップで合意などと聞けば、世界的な規模で一斉に行われるようなイメージがありますよね。ここで注意したいのが、価格上限を設定するのはそれぞれの国(政府・行政)となる点です。
原則として、それぞれの国(政府・行政)が、自国内におけるサービスや商品の取引価格に上限を定める仕組みになっています。国ごとにプライスキャップの対象、価格の上限、実施期間などは異なるのです。
日本がプライスキャップを設定するイメージ

「G7がロシアへのプライスキャップに合意」といっても、即効でG7国が一斉にプライスキャップを実施するわけではなくて、あくまでも「プライスキャップをかける方向に合意」したという意味です。
プライスキャップに協力していくといったイメージになります。
プライスキャップが法的拘束力を持つのは、それぞれの国内においてのみです。つまり、原則としてプライスキャップは国際法ではないということですね。
国ごとにプライスキャップの法律は異なります。それぞれの国の法律に従ってプライスキャップを設定する仕組みとなっているのです。
プライスキャップのイメージ

例えば、日本で設定したプライスキャップは、日本におけるサービスや取引のみが対象です。日本で設定したプライスキャップを他国に応用することはできません。
米国で設定したプライスキャップも米国内のみ。EUのプライスキャップはEU加盟国内でのみ有効です。
従って、原油やガスへのプライスキャップは日本が設定する内容と米国・欧州の内容とは若干異なるということになります。
プライスキャップという言葉を今回初めて聞く方も多いと思いますが、実は身近なところでもプライスキャップが実施されているのです。
日本において行われたプライスキャップの例を挙げておきましょう。
2000年より、NTT東日本、西日本に対してプライスキャップの適用が開始されています。NTTは以前は「電電公社」といって公営の電話会社でした。日本全国に電話回線網・配送電網を保有していることから、経営が独占的になりがちです。
対象となったサービスは、NTTへの電話加入権、ISDN回線の使用料、公衆電話など。
H29年 総務省 プライスキャップ規制の対象役務


とくに高齢者や遠隔地の人々にとって、NTT以外の選択肢が思いつかないケースが多数あったようです。選択の余地がない状況で高額な電話料金・契約料金が派生していたことが問題視され、総務省によって3年おきのプライスキャップの介入が始まったのです。
物価上昇率、生産性向上率、費用情報等に基づいた特定の計算方法にて上限価格があらかじめ設定される仕組みとなっています。
現在でもNTTは、プライスキャップが課されている状況にあるのです。
そして、もう1つ身近なプライスキャップの例は、携帯大手キャリア3社へ課された価格規制です。

大手キャリアによる、高額な2年縛りの違約金や、端末割引で契約・料金プランの縛りなどが問題になっていました。そこで、総務省が価格規制で介入。具体的な違約金の上限設定や値引き規制が行われました。
2022年3月には、違約金は完全撤廃、定期契約の更新も2024年から不可能となります。
参照:携帯「解約金」全廃 – IT Media Mobile
そして、都市ガスや電力会社にもプライスキャップは課されています。日本のインフレ率が他国に比べて緩慢なのは、電気代規制があるからかもしれません。
都市ガスや電力会社では、燃料費調整制度といって経済産業省によって値上げの上限が定められています。したがって、どんなに輸入するガスや原油の料金が高いとしても、原則として電気代やガス代を上限以上に値上げすることができないのです。

上図は、上限に達している電力会社の表です。もし、今後もエネルギー高が継続するなら、各社が「上限の撤廃」や「値上げ申請」を行う可能性が持ち上がっています。
ちなみに、ガソリン代には価格上限の規制がありません。原油が高騰すれば、どこまでも価格が値上がりする可能性があるのです。現状では補助金支給などで国がカバーしている状況です。

プライスキャップの仕組みやイメージが明確になりましたね。
ロシア産原油にも同じように、国の規制に従って、
プライスキャップが課されることになるのです。

でも、プライスキャップって国の法律でしょ。
どうやってロシア産の原油やガスに
プライスキャップを設定するの?

では、どうやって他国の原油やガスに
プライスキャップを設定するのか、仕組みを見ていきましょう。
原油のプライスキャップの具体的な設定方法は、米国財務省外国資産管理局(OFAC)によって、
「ロシア産石油への上限価格設定に関する予備ガイダンス」が公表されています。
プライスキャップのガイダンス(OFAC)

ガイダンスによると・・・
ロシア産原油および石油製品のうち、上限価格を超えるものについて、海上輸送の際に保険各社が保険サービスを付帯することなどを禁止する。
といった内容になっています。
G7の考えでは、海上輸送の約9割が欧米・G7の保険会社から提供されているため、G7国が保険会社に規制を要請することでロシア産石油の輸送を減退させることが可能としています。
ロシア産原油 プライスキャップの仕組み

保険が適用されないとなれば、海運業者は事故の賠償リスクが高まるため、ロシア産原油の輸送を控える効果が期待できるというわけです。
国際貿易に関与する各国の保険会社・金融機関に対して、上限価格以下で売却されていることが文書にて証明できなければ、価格上限違反とする取り決めになっています。
プライスキャップの導入は、
原油については2022年12月5日から、石油製品(化成品)については2023年2月からの開始予定です。
すでに決定しているEUのロシア産海上輸入禁止措置の時期に合わせて、プライスキャップの導入となります。
参照:ロシア産石油の上限価格設定についてのガイダンス発表 – JETRO
ロシア産原油のプライスキャップの上限価格は、
「65ドル~70ドル」
で設定される予定です。

日本でも12月5日から、保険会社・金融機関を介したプライスキャップが導入予定となっています。ただし、三井物産、三菱物産などの日本企業が出資するサハリン2経由の原油に関しては、2023年9月まではプライスキャップの対象外としています。
天然ガスのプライスキャップは、現在のところはG7では提案されていません。
単独では、EUにて天然ガスのプライスキャップが協議されています。対象をロシア産に限定せずに、EUで行われるガス取引全般にプライスキャップを設定する方針でいます。
しかし、プライスキャップが逆効果だと指摘する国もあり合意には至っていない状況です。
ドイツ、オランダ、オーストリア、ハンガリー、デンマークが反対、フランス、ギリシャ、イタリアなどの15か国が賛同しています。

今のところ、プライスキャップの導入対象は、
ロシア産原油のみとなります。
天然ガス価格の上限設定 EUはプライスキャップを実行に移す!? ガス価格の見通しは

プライスキャップで本当に、
ロシアへの制裁効果って期待できるのかな?

実は正直なところ、どれくらいの効果が
あるのかは疑問視されています。

ロシア産原油にプライスキャップとはいっても前例がなく、米国を筆頭に実施に向かってはいるものの、抜け穴だらけで不透明な部分が多いとの指摘も少なくないようです。まったく逆効果だと警告する専門家もいます。
プライスキャップが疑問視されている理由を、最後にいくつか見ておきましょう。
G7国を対象に、米国財務省外国資産管理局(OFAC)はプライスキャップのガイダンスを公表していますが、プライスキャップ制度自体が何らかの法的拘束力を持つわけではないということです。
保険会社や金融機関が上限価格以上の輸送に保険を適用しない、というのはあくまでもガイダンス・要請にとどまっています。原油タンカーを相手に自由市場で巨大な収益を稼ぐ保険会社が、米国の要請どおりに動くかどうかの保証はないのです。
そもそも船舶保険は、原油の輸入価格を基準に適否を決める設計にはなっていないと指摘があります。
さらに、分が悪いことにEUでは価格上限の設定で合意に至らず、協議が難航しています。12月5日に実施が予定されているにも関わらず、いまだに具体的な上限価格すら決定していないのです。
そして、もう1つのプライスキャップの弱点は、G7国のみで実施されることです。
ロシア産原油の輸入が多い国

※ウクライナ侵攻が勃発してから100日間でのデータ
- 中国(109億ユーロ/約1.6兆円)
- オランダ(70億ユーロ/約1.0兆円)
- イタリア(4,590万ユーロ/約6,594億円)
- ドイツ(4,050万ユーロ/約5,500億円)
- トルコ(3,980万ユーロ/約5,000億円)
- インド(3,050万ユーロ/約4,400億円)
- 韓国(2,860万ユーロ/約4,100億円)
- フランス(2,560万ユーロ/約3,600億円)
- ポーランド(2,420万ユーロ/約3,500億円)
- ギリシャ(1,690万ユーロ/約2,428億円)
以上のような結果が出ています。
オランダ、イタリア、ドイツ、フランス、ギリシャはEU加盟国となりトータルで中国を上回る輸入額です。EUがプライスキャップを実施すれば、確かにロシアへの打撃となりそうです。
しかし、上位にランクインしている中国・インド・トルコ・韓国はプライスキャップには合意していません。G7の7か国以外はプライスキャップの枠外にあります。
世界には196か国があり、G7をのぞくと残り189か国がロシアと従来どおりの原油取引が可能なわけです。G7だけで実施しても効果は限定されてしまうでしょう。
OPECプラス 200万バレルの大幅減産!原油価格は再び100ドルを超える可能性
そして、プライスキャップがもたらすかもしれない最悪のパターンとは、原油の大幅供給減による価格高騰です。ロシアはプライスキャップ適用の国には原油輸出を行わないと表明しています。
ロシア、石油価格上限設定国への販売禁止

米国が率先してプライスキャップを推し進めているのは、自国ではロシア産原油の輸入量がごくわずかだからです。仮に、ロシア産原油が入手できないとしても、さほどダメージを受けずに済みます。
しかし、ロシア産原油への依存が強い国は、中途半端にプライスキャップを設定してもエネルギー難に陥るリスクがあり、容易に合意することはできないわけです。
むしろ、ロシア産原油の減産から原油価格が高騰に向かう可能性があると、JPモルガンなどの大手金融機関は警告しています。
原油価格は380ドルまで上昇する可能性!?JPモルガンの原油価格の見通し

ロシア産原油のプライスキャップは、以上見てきたように、
抜け穴や弱点が多い政策。
具体性・現実性に欠けるかたちで終わる可能性があるのです。
あるメディアでは、政治家はエネルギーのことはよくわからないし、エネルギー企業は政治のことはよくわからない、したがって両者の戦略が全く逆の効果を生み出すこともあると指摘しています。
エネルギー高を解決するための政策が、エネルギー高を促進する結果となったり、企業の営業戦略が政治とぶつかって売り上げ減少につながったりとあるようです。
しかし、ここで留意したいのがロシアやサウジアラビアの状況はその他多くの国と異なる点です。「ロシア政府 = エネルギー事業」「サウジ政府 = エネルギー事業」と両者が一体となっています。
OPECプラスの主要国の政府はエネルギー事業に関して長けた知識があります。エネルギー事業が政治そのものなのです。そのような違いを比べた時に、欧米などのG7国はエネルギーに関してはサウジ・ロシアなどのエネルギー大国には戦略的に到底かなわないといえるのかもしれません。
今後どうなるのか、本当に目が離せないですね。

